極限計測の物理

測定対象から必要な情報を引き出す技術−計測技術−はすべての実験の基礎である。 また、非常に微小な効果を計測するための理論や技術は、 それ自身が物理的な研究対象になる。さらには、測定の限界を下げることで、 より多くの物理現象を見ることが可能になる。そして、 従来の概念では当たり前と思われているようなことに対して、 更に深い理解を得ることができ、新しいものへの飛躍を生むかもしれない。

我々の研究室ではこのような考えを基本にして、現在は、 光波干渉計を使った計測技術の開発を中心として研究を行っている。 実際にレーザーを光源にした干渉計は、NC加工機の位置決めといった産業用計測から、 地球の状態を調べるための岩盤の歪み観測というような広い分野に応用されている。 さらに、極限的な光計測技術を応用し、 天体から飛来する重力波 (一般相対性理論から予言される時空間のわずかな歪み。 太陽と地球の間の距離が水素原子一個分ぐらい変化するような量が期待されている) を捕らえようとする計画も進行している。しかも、 最近の光学技術の急速な進歩は、 それが決して夢物語ではないことを示している。 また、精密計測技術は、 基礎物理定数の測定や物理標準の研究とも密接な関係を持っている。このような分野との関連を保ちながら研究を行っていきたいと考えている。  
 

具体的には、以下のような研究を押し進めている。

レーザーの制御技術の開発とその応用

現在手に入るもっとも高性能な鏡では、 吸収と散乱による損失をあわせても数ppmのオーダーになっている。 すなわち、2枚の鏡を向かい合わせて光を往復させると 106 回も往復させることができるのである。 このような鏡を使って光の共振器を作ると周波数の分解能(共振の幅)は Dn/n =10-13 に達する。例えば、これを基準にレーザーの周波数を制御すると、 レーザーの周波数安定度を極めて高い状態にできる。 このような超高安定レーザーは、干渉計の光源として不可欠なばかりでなく、 光の基本的な性質(光速度不変の原理、重力による赤方偏移など) をテストするための強力な武器になる。もちろん、 安定で制御性がよいレーザー自身の開発も大事な研究要素である。

また、これらは光と関連した物理標準とも共通の基盤を持っている ものである。そこで、 周波数の基準にヨウ素の吸収線を用いて長期的な安定度を確保して、 地殻変動などの計測や波長標準に用いる光源の開発を行なってきた。 この研究は東京大学地震研究所と共同で行っている。

光波干渉計の高感度化

光波干渉計では、例えば、 鏡の位置の変化を反射光の位相変化として検出する。 このとき、最終的な検出限界は、 入射光の光子数の揺らぎに起因する散射雑音で決まり、 光源のパワーの平方根に反比例する。そこで、 干渉計全体が一つの共振器を構成するようにして、 実効的なパワーを増大させて、 小さなレーザーパワーで高い感度を実現する方法が提案されている (光のリサイクリングと呼ばれている)。 しかし、技術的に未解決な問題が多い。そこで、 これを実現するためのシステム作り、特に全体が整合性を保って、 高い感度の状態を維持できるような制御システムの開発を行っている。 また、偏光特性を利用した光共振器による新型振動検出器の開発をし、 原子核半径の100分の1に相当するような検出感度の実現を目指している。
 

計測装置用の光学素子・材料の評価法の研究

精度の高い計測を行うためには、 計測装置に用いられる素子自身の特性や材料の性質にも非常に高い性能が要求される。 そして、その性能を実現させるためには、 その素材自身の特性を正しく評価する必要がある。しかし、 要求水準がきわめて高い場合には、その測定法自身を開発しなければならない。 そこで、

などの研究を行っている。


 レーザー干渉計を用いた内部摩擦の精密測定装置

計測時の限界を与える量子限界等の揺らぎ・雑音の研究

調和振動子のような初等の物理で習う力学系が、現在は原子間力顕微鏡などに代表されるメカニカルプローブとして中心的な役割を果たし、広く応用されている。このようなメカニカルプローブを用いて測定を行う場合には、その機械振動の揺らぎが問題となる。微小な領域を対象にした計測、 微小な力などを測定する装置においては、揺らぎはきわめて重要な要素であり、 メカニカルプローブの応用範囲が広がれば広がるほど、 基本的な研究が必要となる。そこで、高感度なレーザー干渉計を利用し、 メカニカルプローブに相当する機械振動子の揺らぎを広い周波数帯域で精密に測定し、 実際にプローブを作る材料と揺らぎの性質の関係を調べている。

また、この揺らぎそのものが物理の研究対象となる。 熱揺らぎならば、 統計物理学の基礎の概念である揺動散逸定理により、 力学系の機械的な損失で揺らぎのスペクトルが決まる。 また、最終的には測定の反作用が問題となるだろうが、 これは量子力学の基本概念である不確定性原理に関わる問題である。 この量子限界に関しては、観測の問題や量子非破壊測定など、 物理の根幹に関わる議論が展開されるだろう。

 原子間力顕微鏡の熱揺らぎの測定

レーザー干渉計を使った重力波検出器の技術開発

現在、国立天文台(東京都三鷹市)のキャンパスに建設中の干渉計型重力波検出器 (TAMA300) に必要とされている要素技術の開発を行っている。 TAMA300は、基線長が300mの光共振器を両腕にもつマイケルソン干渉計で、 宇宙のかなたから到来する重力波を検出する目的で作られている。 この検出器は、きわめて小さな光路長変化を捕らえる必要があるので、 高出力高安定レーザーをはじめとする極限的な光学技術、 制御技術などが不可欠とされている。この研究は、 国立天文台、東京大学(宇宙線研究所、理学系研究科、新領域創成科学研究科)、 高エネルギー加速器研究機構、電気通信大学レーザー極限技術研究センター、 京都大学(基礎物理学研究所)などの共同研究で行われている。
 

 開発中の干渉計用高出力固体レーザー

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重力波プロジェクトの関連サイト


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